アリとキリギリスから学ぶ

GUM15_CL02370

皆さんも知っているでしょう「アリとキリギリス」のお話。



ストーリーを要約すると、


夏の間、アリたちは冬の食料を蓄えるために働き続けている。

一方、キリギリスはバイオリンを弾き、好きな歌を歌って過ごしている。


アリはキリギリスにこう言った。
「今のうちにたくさんの食べ物を集めておかないとあとで困りますよ!」

キリギリスはこう言い返す。
「冬の事は冬が来てから考えればいいのさ!」


やがて寒い冬がやって来ました。


冬が来てからキリギリスは食べ物を探すが見つからない。

途方に暮れたキリギリスは最後にアリたちに乞い、

食べ物を分けてもらおうとする


こんなストーリーです。


そして結末を迎えます。



ですがこの結末、2つあります

その2つとは

1.アリがキリギリスに食料を分けて助けてあげる。

2.アリは断り、見放されたキリギリスは餓死してしまう。




日本の絵本を見ると多くは、

1.アリがキリギリスに食料を分けて助けてあげる。

となっています。



夏の間遊んでいたから冬の食料が無い。そんなことにならないように、


みんな、怠けていないできちんとやることはやろう。準備をしておこう。

といった教訓に、さらに

困っている人を助け合って最後はみんな幸せになろう。

といった哀れみの心の部分も含まれている結末です。




次に

2.アリは断り、見放されたキリギリスは餓死してしまう。

ですが、これはイソップ寓話の原版です。


アリはキリギリスにこう言います。

「夏に歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだい?」

と。


おもいっきりの皮肉です。

素晴らしいユーモアとも言えるでしょう。


自分のやってきた行動に、結果がついてくるということですね。





これらの結末には、将来への備えが大切であり、

起こるかもしれない将来の危機に対して

常に考えた行動を準備をしておくことの大切さが書かれています。



そして、

1は慈悲の心で助ける(助けられる)

2は自己責任として現実を受け入れる(受け入れざるを得ない)

となります。



さらに読み解くと、2においては

自分のためだけに【シッカリ貯め込んでいる者】は

餓死するほどの状況のものでさえ手を差し伸べない独善的なケチとも言えます。





もっともっと、深読みするとこんな結末もあります。

3.アリは断り、見放されたキリギリスは餓死してしまうが、その直前にこう言うのです。

「歌いたい歌はもう歌い尽くした。アリさんは私の亡骸を食べて生き伸びてくれ。」

と。




こうなると立場が変わってきます。

自分の楽しさを優先し、やりたいことをやりつくして悔いもなく生き切ったキリギリスと、

ただ生きるためだけに働き続けたアリ。



負け惜しみのようにも聞こえるキリギリスの発言も

自分のやりたいことをやりきるという人生にも憧れます。





このように一つの物語としても、色々な結末となり、

またそれぞれが、それぞれに意味を持つ。



言うなれば、

「生き方に正解があるのではなく色々な生き方から自分自身の生き方を選んでいく」


のではないでしょうか?




未来のために今は遊びを我慢しても働いておく。

遊びながらなるようになると思い生きる。

困った人を訳があろうと助ける。


など、色々な人生があり、自分自身の生きる道だけが正解ではない。

ということも理解して生きていくと、また違った世界が見えてくるかもしれませんね。





あ、そうそう。この世の中には、

【シッカリ貯め込んでいる(余裕で冬を越せれる)キリギリス】もいますから、

そんなキリギリスと同じ行動しちゃうと後から辛くなるかもです。笑

良かったらシェアしてくださいね!

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください